移転価格解説

基本的な資料の提出

移転価格の検証にあたっては、国外関連者と取引される製品・役務等の内容や、各国外関連者がどのような活動を行っているかを詳細に確認したうえで、課税判断をしていく必要があることから、まずは事実確認のため、様々な資料の提出を求められます。具体的には、以下のような資料の提出が求められます。また、それぞれの資料から読み取れる内容は以下の通りです。

国外関連者の損益計算書

日本の会社と国外関連者との取引の結果、利益配分が異常な状況になっていないかを確認するには、まずは国外関連者の損益計算書を確認します。後述するとおり、移転価格の検証は、「取引単位」で行うものであり、国外関連者単体の損益だけを見て課税することは原則としてありません。ただ、効率的に調査を行うには、そもそも移転価格税制上の問題があるのかどうかを簡便的に判断し、所得配分がおかしいと考えられる国外関連者に調査対象を絞る必要があります。例えば、海外子会社が複数ある場合、全ての海外子会社の損益計算書を見たうえで、取引規模が大きく利益水準の異常な子会社をいくつかに絞り、選定された会社を重点的に調査することが考えられます。

販売管理費の明細

国外関連者の販売管理費の明細を見ると、どの程度開発費や広告宣伝費をかけているかなどが分かるため、概ねの活動内容が分かります。また、人件費の割合が大きいのか、減価償却費の割合が大きいのかなどから、労働集約的な事業なのか、設備産業なのかなども推察できます。

日本本社及び海外子会社の組織図

日本本社及び国外関連者の組織図を見ると、各会社がどのような機能を果たしているかを推察することができます。例えば、製品の開発をどちらが行っているのかを確認するには、海外子会社に開発部門があるのかどうかや、開発部門がある場合、製品開発部門なのか生産技術開発部門なのかで、どのような開発内容なのかも概ね推察できます。また、販売子会社と日本本社との関係を見る場合、マーケティング部門があるのかどうかや、営業の人員を見ることで、単純な卸売なのか、積極的な顧客開拓を行っているのかが推察できます。

切り出し損益

移転価格の検証は、「取引単位」で行うことから、取引別の損益情報の提出が求められます。この「取引単位」をどのような範囲で設定するかについては事案にもよりますが、例えば、海外子会社が日本から製品を仕入れ販売する取引と、部品・材料を仕入れて現地で製造・加工して販売する取引とでは、前者の場合海外子会社は卸売としての機能を果たしており、一方で後者の場合海外子会社は製造業者としての機能を果たしていることから、両者は分けて検証する必要があります。

 移転価格の文書化(いわゆるローカルファイルの作成等)や事前の対応がなされていれば、こうした取引別の損益は準備できているかもしれませんが、このような取引別損益(切り出し損益)が無ければ、調査官からの依頼に応じて作成する必要があります。

 なお、移転価格の検証は、売上総利益又は営業利益をベースに行われることが多いことから、切り出し損益も、営業利益までのものを作成する必要があります。通常、多国籍企業であれば、会計ソフトにより売上と仕入原価については取引別に管理されていることも多いことから、売上総利益までの計算はそれほど苦労しないものと考えられますが、営業利益まで算出するには合理的に販売管理費を配賦計算する必要があるため、事前に準備が必要です。特に、事前の作成が無い場合には、作成してみた結果、特定の商流について利益配分にズレがある場合、その取引だけを抜き出して課税される可能性も高いため、注意が必要です。

経営会議、役員会議の議事録等

 海外子会社の製造設備の投資に係る意思決定や、海外での販売戦略に係る意思決定がどのように行われているのかを判断するにあたって、こうした経営会議資料の提出が求められることがあります。親会社と子会社との関係において、子会社は親会社の指示に従って事業を行っているのか、または、子会社がある程度主導権を持って事業を行っているのか、また、その結果生じるリスクについてはどちらが負うべきかなどの判断材料として利用されることとなります。

海外子会社側で作成したローカルファイル

海外子会社が現地でローカルファイル等の移転価格関連資料の準備をしている場合には提出が求められることがあります。通常、日本に本社がある場合、本社側で作成して翻訳版を現地で持っておくなどの対応をしている会社が多いように思われますが、現地が独自にローカルファイル等を準備している場合もあります。

 このようなケースで注意したいのが、海外子会社側で作成したローカルファイル等が日本の調査において不利になる場合もあるということです。ローカルファイル等は、その年の申告所得が適正であったことを立証するものですが、海外子会社の現地国にとっては、適正と思われる水準よりも多く納税していれば問題無いということになります。そのため、現地で作成されたローカルファイル等が、「適正な水準よりも多く現地で納めています」という内容になっているケースもあり、それが日本の調査の際に提出されると、過剰に現地で納めた税金分については日本側で納めるべきとして課税の引き金になるケースもあります。

 理想としては、グループ間の取引価格をコントロールする本社が移転価格のローカルファイル等の作成を行い、それを現地語に翻訳する形で現地の文書化規定に対応する方が良いものと考えられます。

対応方法

税務当局から求められる資料は原則として提出しなければなりません。税務当局から提出を求められる資料について、納税者が提出をしない場合には、税務当局としても課税の執行に支障をきたすことから、推定課税として秘密情報に基づく一方的な課税を行うことが制度上認められているため注意が必要です。調査において提出すべき資料は明確化されており、これらの資料の提出ができない場合には推定課税を行うことができるものとされています。

 移転価格課税には正確な事実認定が前提となることから、詳細な事実関係を把握することが企図されます。そのため、非常に多くの資料要求を受けることとなりますが、要求資料の中には必要性が低いものも含まれます。場合によっては必要性が低い割に資料の準備に非常に手間がかかるものもあるため、作成や準備手間のかかる資料については、そこまでして必要な資料であるのかどうか調査官に確認し、必要性が低ければ提出を免除してもらうことを相談しても良いでしょう。

また、パソコン等を押収されデータを見られるような事例も耳にしますが、個人情報や秘密情報が含まれる資料の提出を求められた場合には、事情を説明して資料の提出方法について確認・相談をした方が良いものと思われます。  

なお、調査における調査官の質問検査権については以下のように規定されており、国外に保存されている資料の提出についても質問検査の対象の範囲内に入っていることに留意が必要です。

国税通則法第7章の2(国税の調査)関係通達 

(質問検査等の対象となる「帳簿書類その他の物件」の範囲)

1-5   法第74条の2から法第74条の6までの各条に規定する「帳簿書類その他の物件」には、国税に関する法令の規定により備付け、記帳又は保存をしなければならないこととされている帳簿書類のほか、各条に規定する国税に関する調査又は法第74条の3に規定する徴収の目的を達成するために必要と認められる帳簿書類その他の物件も含まれることに留意する。

(注) 「帳簿書類その他の物件」には、国外において保存するものも含まれることに留意する。

参考:https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kobetsu/zeimuchosa/120912/01.htm#a01_5