海外での移転価格税制
移転価格の問題は、取引を行う両国での所得配分の問題でもあるため、移転価格に関する税務調査は日本だけでは無く海外子会社側でも行われます。ここで調査の前提となる移転価格税制は、各国の国内法で定められているため課税に係るペナルティの重さなどの面で若干の差はありますが、計算方法に関して現地特有のローカルルールはそれほど無く、ほぼ全ての国がOECD移転価格ガイドラインに基づいて同じ算定方法を定めています(もちろん、南米など特殊なルールを執行している例もあります)。
OECDガイドラインは、OECD加盟国を中心とした作業部会により策定されていますが、OECD非加盟国についても基本的にはOECDガイドラインに準拠した形で移転価格税制を定めています。これは、前述のとおり移転価格の問題が国家間の所得配分の問題でもあるため、各国がバラバラのルールをしいていては、国家間で協議を行って所得配分を検討することができなくなってしまうということがあります。
また、OECD移転価格ガイドラインで定める算定方法の前提となっている「独立企業原則」は、各グループ法人が独立企業であるとしたことを前提としたものであり、グループ企業もそうでない企業も含め全ての法人にとって最もフェアなルールであると考えられているからです。
このように、まず各国の移転価格税制に基づく算定方法に原則として違いは無いものと考えて良いと思われます。 近年では国際課税の問題の深刻化といわゆるBEPSプロジェクトなどにおける国際協調も相まって、その傾向はますます強まっています。
海外での移転価格調査のステップ
前述のとおり、各国の移転価格税制は基本的に同じ算定方法をとっていることから、調査のステップも日本の調査とほぼ同じであると考えられます。調査開始の際の通知方法や手続き面では違いがあるかもしれませんが、分析に係るステップとして①基本的な資料の提出依頼、②ヒアリングの実施、③工場見学等、④中間意見の提示及びディスカッション、⑤修正申告の勧告、⑥移転価格更正・決定という流れは変わらないものと考えられます。
海外での移転価格調査で求められる資料
海外での移転価格調査において提出が求められる資料についても、基本的には日本で行われる調査と同様です。前述のとおり、移転価格算定方法は基本的に同じであるため、算定の前提条件となる分析に必要な情報も同じであるからです。大きな違いとしては、言語の問題で、日本の調査においても日本語での資料提出が求められるのと同様に基本的には現地語での資料提出が求められます。法令でもとより現地語で資料を準備するよう要請されているケースもあるので、留意が必要です。
従って、組織図や切り出し損益など基本的な資料については、日本本社で作成されたものについても現地語に翻訳して現地で保存しておいた方が良いものと考えられます。 なお、ローカルファイル等についても、各国で求められる資料の内容に大きな違いは無く、現在世界的に内容を統一する方向で議論が進められているため、基本的には日本で作成したローカルファイル等を現地語に翻訳する形で保存しておけば大きな問題は無いものと考えられます。地域によっては現地語でなく英語での資料提出が認められる国もありますので、詳しくは専門家に確認した方が良いと思われます。
海外での移転価格調査の特徴
海外での移転価格調査の最も大きな特徴としては、課税の執行状況が異なるということです。例えば中国や東南アジアなどの新興国において強硬な課税や違法な課税が多いことが挙げられます。
これは新興国において移転価格税制が定められて間もない国も多かったことから調査官自身が調査・課税の経験が浅く、内容を正確に理解していないことから生じていた面もありますが、構造的な問題として立証責任の所在の違いがあるものと考えられます。例えば日本の場合、調査及び課税に関して、納税者の申告内容に非違があれば、その理由を説明する責任が税務当局側にあるため、無理な課税や違法な課税が比較的少ない状況となっていますが、新興国においては課税に係る立証責任が納税者側にある場合も少なくなく、課税に誤りがあるなら納税者が立証しろという姿勢で理論的に正しくない課税を受けている例が目立っています。特にインドやインドネシアなどでは課税後に裁判で納税者が勝訴する事案も多いと聞いています。
これは現実問題として新興国の調査官にとって課税を行うことがノルマになっているような国もあり、理屈だけでは解決できない問題も含んでいます。特に移転価格課税の場合は課税金額が大きいため、企業にとってのダメージも大きいことが悩ましいところです。
ただ、最近ではこうした新興国においても詳細な移転価格ルールが制定され、ローカルファイル等の作成が求められる国も増えており、裁判等で税務当局が敗訴する事例が増える中で、今後は違法な課税も減っていくものと考えられます。
いずれにしても、明らかに間違った所得配分となっていては、現地側での課税リスクも当然大きくなりますので、移転価格税制に即した形で適正な価格設定を行い、取引両国での課税リスクを低減していくよう努力する必要があるものと考えられます。